音声言語では、語は、音の配列によって構成される。音は、大きく分けて、子音と母音の二種類に分類される。子音は、声道を一定程度狭めたり、閉鎖したりして、肺からの空気の流れを妨げて発音する。それに対し、母音は、肺からの空気の流れの抑制が比較的少ない状態で発音する(Fromkin, Rodman & Hyams 2011)。慣例的に、これらの子音・母音は、国際音声記号(International Phonetic Alphabets(IPA))と呼ばれるアルファベット記号を用いて表記されてきた。
例えば「cat」という英単語は三つの音で構成されており、[kæt]と表記される。[k]と[t]が子音で、[æ]が母音である。子音としては、他に[p]、[m]、[s]、[ʃ]、[l]などがあげられる。 また、母音としては、他に[a]、[e]、[i]、[o]、[u]などがあげられる。IPAシステムについて、詳しくは、国際音声学会(International Phonetic Association)のウェブサイト(https://www.internationalphoneticassociation.org/content/full-ipa-chart)を参照されたい。個々の子音・母音だけでは意味を もたないが、子音・母音を組み合わせることによって、意味を有する語を生成することができる。
ストーキーは、アメリカ手話(ASL)に関する初期の著作(Stokoe 1960、Stokoe et al. 1965)において、音声単語が一連の子音・母音の配列によって構成されるのと同様に、手話単語も三つの音韻要素、すなわち、位置(tab)、手型(dez)、動き(sig)が同時的に結合したものとして分析できることを提示した。例えば、日本手話(JSL)の手話単語 /車/ は、両手の握りこぶし(手型)を、話者の前の空間(位置)で交互に上下に動かす(動き)。つまり、手型、位置、動きは、手話単語の構成要素にあたる。
/車/
ストーキーは、アメリカ手話におけるこれら三つの音韻パラメータ(構成要素)を書き表せるように、詳細な 表記システムを考案した。表1、表2、表3に、ストーキーの手話表記システムで使用される記号(Stokoe et al. 1965: x-xii)とその記号の説明、ならびに、日本手話および アメリカ手話での実例を示した。
上記の表には、アメリカ手話で見られる手型、位置、動きを表わすためにストーキーが考案した全ての記号(No. 1-55)が示されている。このリストは、全ての種類の手話に見られる手型、位置、動きを網羅しているわけではない。実際に、 他の手話言語では見られても、アメリカ手話では見られない手型もある。例えば、日本手話の /8/ の手型は、小指を手前に曲げ、4指を広げて表す。
/8/
ストーキーは、自ら考案した表記法を用いてアメリカ手話の手話単語を書き表すシステムを提案した。手話単語の表記法を学びたい場合は、ストーキーの原著や他のオンラインリソースを参照されたい。ストーキーの表記システムは、手話言語学の分野において、手話語彙を書き表すための最初の表記システムであった。広く用いられているもうひとつの表記法として、ハンブルグ手話表記システム(Hamburg Sign Language Notation System(HamNoSys))があげられる。HamNoSysの概要については、次のウェブサイトを参照されたい:https://www.sign-lang.uni-hamburg.de/dgs-korpus/index.php/hamnosys-97.html。
参考文献:
- Fromkin, Victoria, Robert Rodman & Nina Hyams. 2011. An Introduction to Language (11th edition). Australia, Brazil, Mexico, Singapore, United Kingdom and United States: Cengage.
- Stokoe, William C., Dorothy C. Casterline, Carl G. Croneberg. 1965. A Dictionary of American Sign Language on Linguistics Principles. Washington, D.C.: Gallaudet College Press.
- Stokoe, William. 1960. Sign Language Structure: An Outline of the Visual Communication Systems of the American Deaf. Linstok Press. (Stokoe, William. 2005. Sign Language Structure: An Outline of the Visual Communication Systems of the American Deaf (Reprint). Journal of Deaf Studies and Deaf Ecducation, 10(1), pp.3-37.)