前章で述べたように、手話言語では、同時(非連鎖的)形態法が非常に広く用いられている。つまり、複数の形態素を順番に連ねるのではなく、同時に重ねて提示される(Aronoff et al. 2005)。
第9章と第12章で示した動詞の一致も、同時に標示される屈折形態法の一例である。(1a)は、GIVE[与える]の辞書形(辞書の見出し語として収録される最もシンプルな原形)で、ひとつの形態素で構成されている。(1b)では、(位置‘a’にいる)主語と(位置‘b’にいる)間接目的語を示す形態素が、辞書形の表現と同時に、動きと位置の変更を重ねることによって表現されている(aGIVEb)1。
(1a) /与える/(一致動詞)の辞書形
(1b)三人称単数 /与える/ 三人称単数
手話言語における別の種類の同時形態法は、屈折の変更による時間相の標示である。例えば、動詞に継続を表す形態素を重ねれば、事象が長時間にわたり中断なく持続していることを示すことができる。また、時間の継続はNMによっても表される。
(2a) /見る/の辞書形
(2b) /見る/ + 継続
(2c)「女の子は、壁の絵を長時間見続けている」
継続を意味する形態素は、単独では出現できないため、拘束形態素である。動詞語幹の動きを変え、その継続時間を長くすることによって表す。
習慣を表す形態素も時間相の標識のひとつであり、個人の特徴を示している。この拘束形態素は、動詞の動きを素早く短く繰り返すことによって表現される。
(3a) /読む/の辞書形
(3b) /読む/ + 習慣
(3c)「私の弟は毎日のように読書をする」
ここまでに示した例は、動詞の意味や文法範疇を変えないため、全て屈折形態素である。
手話の派生形態素の中にも、同時的な性質を持つものがある。続いて、名詞・動詞の区別および、数詞抱合の二種類の派生形態法について説明する。
スパラとニューポート(Supalla and Newport 1978)は、アメリカ手話において意味的・手話の形成的に関連がある名詞および動詞を調べた。その結果、動詞は1回で長めの動きによって表すのに対し、それに対応する名詞は、より短く小さめな動きの反復を伴うことが明らかになった。アメリカ手話の、 意味的・手話の形成的に関連する名詞と動詞を二組紹介 する。
スパラとニューポート(Supalla and Newport 1978)は、これらの名詞と動詞は、同じ抽象形から、異なるふたつの形態規則によって派生したと主張している。
他の手話言語においても同様に、名詞と動詞の間で、派生による区別が見られることが、報告されている。日本手話でも、多くの関連する名詞と動詞のペアにおいて、このような体系的な派生対立が見られる。
(6a) /椅子に座る/
(6b) /椅子/
(7a) /電気をつける/
(7b) /電気/
数詞抱合も、手話言語によく見られる派生過程のひとつである(Fuentes et al. 2010)。例として、日本手話の日数を表す単語を紹介する。
(8) /1日 2日 3日 4日/
この、非利き手側から利き手側への動きを基本とし、そこに数詞を表す手型を組み入れることによって、特定の日数を示すことができる。日本手話においては、時間や数に関する多くの概念が、数詞抱合によって表現されている。月数、週数の表現を紹介する。
(9) /1年生、2年生、3年生、4年生/
(10) /1か月、2か月、3か月、4か月/
(11) /1週間、2週間、3週間、4週間/
本章では、同時的な形態的過程をいくつか紹介した。同時性は、手話言語の文法において大きな特徴であると言える。以降の章でも、同時的な構造が関与する、手話の文法的特徴をいくつか紹介する。
参考文献:
- Aronoff, Mark, Irit Meir & Wendy Sandler. 2005. The paradox of sign language morphology. Language (Baltim), 81(2): 301-344.
- Fuentes, Mariana, María Ignacia Massone, María del Pilar Fernández-Viader & Alejandro Makotrinsky. 2010. Numeral-Incorporating Roots in Numeral Systems: A Comparative Analysis of Two Sign Languages. Sign Language Studies 11(1). 55–75.
- Mathur, Gaurav, Christian Rathmann. 2012. Verb agreement. In Roland Pfau, Markus Steinbach & Bencie Woll (eds.) Sign Language: An International Handbook. Berlin/Boston: De Gruyter Mouton. pp.136-157.
- Rathmann, Christian, 2005. Event structure in American Sign Language. PhD, University of Texas at Austin, USA.
- Supalla, T., & Newport, E. 1978. “How many seats in a chair? The derivation of nouns and verbs in American Sign Language.” In P. Siple (Ed.), Understanding Language through Sign Language Research. Academic Press.
- 図1bのaGIVEbが複数の形態素で構成されていることについては、議論の余地はない。しかし、動きと位置の変更が音声言語の動詞の一致に相当するか否かは、文献において、長年論争の的となっている。その論争の概要については、マートゥルとラスマン(Mathur & Rathmann 2012)を参照されたい。 ↩︎