第13章:手話形態論(I)順次(連鎖的)形態法

形態論は、言語学の一分野で、語や語の内部構造、語形成の仕組みに注目する(Aronoff & Fudeman 2005)。形態論の主要な概念のひとつが「形態素(morpheme)」で、意味を有する、あるいは、文法機能を果たす言語の最小構成要素を指す。

John likes dogs[ジョンは犬が好きだ]という英文において、likes[好き]とdogs[犬]のふたつの語は、それぞれふたつの形態素で構成されている。

Like[好き]は動詞で、-sは三人称単数の主語Johnとの一致を表す単純現在時制の形態素である。つまり、–sは、語幹likeの後ろに付加された接尾辞である。もう一方のdog[犬]は名詞で、後続の-sは、複数性、すなわち、二匹以上の犬であることを示している。Dogが語幹で、接尾辞–sが付加されている。Likedogは、単独でも出現しうるため、自由形態素である。それに対し、前述の二種類の–sは、他の形態素に付加する必要があり、単独では決して出現しない。これを拘束形態素と呼ぶ。

上記ふたつの接尾辞は、主に文法機能(三人称の一致を表す–sと複数性を表す–s)を果たしており、語幹の意味や文法範疇を変えない(この接尾辞がついても、likesは動詞のままであり、dogsもやはり名詞のまま変わらない)。このような形態素は、屈折形態素とも呼ばれる。

接辞の中には語幹の意味や文法範疇を変えるものがあり、派生形態素と呼ばれている。英語の形容詞happy[幸福な]を例に考えてみよう。happy[幸福な]の前に接頭辞un-がつくと、unhappy[不幸な]となり逆の意味になる。また、happy[幸福な]の後に接尾辞–nessがつくと、happiness[幸福]と名詞になる。un-–nessともに派生形態素である。

英語は、形態体系の中に、かなり多くの接頭辞や接尾辞がある。以下、他の例をいくつかあげる。

  • 英語の派生形態素:
    • non-, im-, ir-, il-, in-, mal-, dis-(接頭辞)
    • -tion, -ity, -ive, -ly, -ize, -able(接尾辞)
  • 英語の屈折形態素
    • -ed(過去時制), –ing(現在分詞), -en(過去分詞), –er(比較級), -est(最上級)
  • 上記英語の事例では、屈折形態素と派生形態素は、語幹の前(接頭辞)または語幹の後(接尾辞)に付加されている。形態素は、順次的に配置される。事実、音声言語の形態的な成り立ちは、ほとんど順次的(連鎖的)な性質を持ち、形態素が順々に並べられる。音声言語において非順次的(非連鎖的)な形態的過程も存在するが、その数は少ない。例えばドイツ語では、形態素を並べるのではなく、母音に「ウムラウト(母音の上に点が二つ付いたもの)」を付けた音、すなわち後舌母音が前舌化することによって複数性を標示できる。

    (出典:https://www.cis.uni-muenchen.de/~fraser/morphology_2016/NonConcatenativeMorphology.pdf)

    手話言語の場合はどうだろうか。順次的(連鎖的)と非順次的(非連鎖的)、どちらの種類の形態構造が多く見られるだろうか。

    手話の場合、実際には、非順次的(非連鎖的)形態法の方が多く用いられている(Aronoff, Meir & Sandler 2005)。順次的に付加される接辞もあるが、あまり多くはない。例えばアメリカ手話には、行為者を表すために動詞を名詞へと変える動作主標識があり、順次的に付加される接尾辞である(Sandler & Lillo-Martin 2006)。以下の写真は、アメリカ手話の「先生」と「生徒」の例である。

    アメリカ手話の動作主標識は、英語の動作主標識を表わす–erを直訳したものではないということである。英語のstudent[学生]で動作主を表すために用いられている接尾辞は、–erではなく、–entである。

    他にも、比較級の標識と最上級の標識が、アメリカ手話における接尾辞の例としてあげられる(Sandler & Lillo-Martin 2006)。

    音声言語とは異なり、手話言語では、接頭辞や接尾辞は比較的まれである。視覚言語である手話言語では、形態素を同時に重ねる非順次的形態法が好まれる。手話言語における同時形態法の事例については、次章でより詳細に取り上げる。

    参考文献:

    • Aronoff, Mark, Irit Meir & Wendy Sandler. 2005. The paradox of sign language morphology. Language (Baltim), 81(2): 301-344.
    • Aronoff, Mark, Kristen Fudeman. 2005. What is Morphology? Blackwell Publishing Ltd.
    • Sandler, Wendy; Lillo-Martin, Diane. 2006. Sign Language and Linguistic Universals. Cambridge University Press.

    Loading